カッチャと、カチャと。
誰もいないオフィスから音が立てていた。
鞄を置いてから、その音に向かっていった。
「えっ、部長?」
髪がちょっとめちゃくちゃ、顎の髭が伸びすぎの男は頭を上げた。
「おお、小林か」
「部長、どうしてこの時間までここにいますか?」
「この馬鹿マシンのお陰だ。ずっとエラーと言って」
「コピーマシンですか?あの、ちょっと見せていただきますか?」
「あ、どうぞどうぞ」
「はい、では……あ、紙が詰まったようです」
「嘘、直れるか」
「この間もあったことです。直れると思います。確かに、これを外す、そして、ここ開けると……」
「うん~」
「……最後は、そこの紙を取り除けば…はい、これで大丈夫と思います。」
「ええ、やれるんじゃん。サンキュー」
「いいえ、どういたしまして。部長は文書のコピーをしていますか?よかったら、お手伝いしましょうか?」
「いい、今日はバレンタインだろう。デート、遅れるよ」
「いや…その、約束はありません」
「……あ、そっか」
「……部長こそ、こんな時間まで、奥様は大丈夫ですか?」
「たぶん今はどこかその誰かさんと楽しく食事してるかな。」いつか文書のコピーはできた。
「誰かさんってどういうことですか?」
「そうです。そういうことです」コピーした文書をまとめて、オフィスを出ようとした部長。
「あ、今の話は内緒だよ。他人に言ったら殺す。」
「はっ、はい!必死に守ります!」
「頼んだぞ、小林ちゃん!ご苦労さん!」
「お疲れ様です!」小林は頭を深く下げていた。
遠くなっていくはずの足音はまた近くなってきた。
「小林。」
「はい!」あまりにもびっくりした小林は急いで頭をあげたから、部長の顎にぶつかった。
「痛い……あ、すみません、部長、大丈夫ですか?」
「痛てぇぇ……!」
「すみません、本当にすみません!」
「ああ、平気平気。謝らなくていい。そもそも、ビックリさせちゃったから、こっちのほうが、すまなかった」
「部長、でも…」
「先のことも、一年前のことも」
「一年前の……その、まだ覚えていますか?」
「うん、その時は返事できなかった。すまん。今更……」
「はい、聞かせていただきます。どんな答えでも。」
「先言っただろう、家内のこと。それでも、やはり……」
「だめ…ですね。そうですね、わかりました。男同士ですし、部下ですし。」
「あ、いや、やはりちゃんと離婚届サインしないと、君には悪いと思う。」
「えっ、どういう意味ですか?」
「そういう意味です」
「お断りではありませんか?」
「最初から断るつもりはなかった」
「……う、うぅ」涙は溢れてきた。
「おい、どうした、泣くなよ」
「い、いや、ただ、嬉しくて、たまらなくて」
「バーカ。」
「ぶ、部長…うぅ」
「お待たせだな」、と言いながら、小林の涙を優しく拭き取った。
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